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2009年日本優駿予想

又今年もやってきました、日本優駿、日本ダービー。

やはりクラシックデイスタンスで東京、このレースとJCの2レースはほんま面白いです。

中山の2000や中京の1200なんて予想はしますが、ほんま面白くない。

京都の1600、東京の1800,2400やっぱこの3つが最高。

さて予想ですが、18番大外枠に行った一番人気、アンライバルド、戦績,騎手、状態、厩舎、血統など全てに於いて万全って感じですが、18番大外で、惨敗はせずとも頭は無しと見ます。

そうなると頭は何か?

私は2番、アブレザンレーブで行きます、ポイントは二番枠で人気ながら負けるであろう、ロジユニバースの代役って考え方です。

ロジは負けるのですが、代役で枠連は獲らして上げるってJRAの好意を素直に頂きましょう。

2番から18番はさすがに元返し狙いで押さえますが、しっかり馬券として狙うのは2番から馬単で、4,7、8、10,11、14。

僕は2-4、7、、8、14が本線

2-4,7,8,14-4,7、、8,10,11,14,18フォーメーションで3連単

結構付きますよ、是は。
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水茄子

いよいよ水茄子の出荷が最盛期に近づいてきました。

7世紀後半から8世紀初めに中国から伝来したといわれる「なす」。

多くの人に好まれ、今日まで日本特有の品種が数多く作られてきましたが、漬物原料としても古くから重宝され続けています。

その代表例がしば漬、茄子と塩、赤しそだけで醗酵させたこの漬物は約1,100年前には有ったとされています。

そんな茄子の漬物ですが、最近注目を浴び続けているのが、手でしぼると水がしたたるほど水分の多い「水茄子」

泉州地方南部にしか育たない希少の逸品で、皮も肉質も柔らかく、浅漬けに最適とされています。

近清でも、泉州の農家から直接水茄子を購入し、色々なおなお漬物に加工しております。

今一番美味しいのは切り水茄子、一口サイズに切って昆布ベースの特製だしであっさり漬け込んだ逸品、水茄子の甘味、風味、香りを堪能できます。

販売は6月半ばからですが、その他に水茄子の丸漬やぬか漬も販売予定です。

請うご期待!!

今日は漬物屋店主らしい日記でした(笑)

木屋町夜話 2

兎に角、一度遊びに行きますって連絡。

仕事が終わった後、木屋町の眠眠で腹ごしらえ、軽くビールを引っ掛け、おっとり刀で駆けつけたら顔見知りの男性が一人、見知らぬ女性が二人、計三人が先客でおっさん(マスター)と飲んでいた。

「いらっしゃい、元気?こんちゃん」

おっさんの明るい声、気のせいだろうか、なんか人生を悟ったかのような、落着いた笑顔、一皮向けたようだ

「よ~こんちゃん、こんちゃんが久々に来るって聞いて待ってたんよ」と顔馴染みの男性。

この男とも長い付き合い、祗園の住人で、本名も家族構成も年齢もはっきりとは知らないが、十数年、飲み屋でちょくちょく会う事から知り合いになった、僕より4~5歳上の遊び人、この店は僕の紹介、何がよかったのか、おっさんをいたく気に入ったようで、週一は出没するらしい。

女性二人はその遊び人の飲み友達、水商売絡みではなく一般人らしい、年齢は30過ぎか?どうも雰囲気から遊び人の彼女でもない、彼の仕事関係者かもしれないので、慎重に言葉を選びながら挨拶する。

この店は客の構成としては男性が年寄り、女性が若手、男女比6対4くらい、閉店時間は特に決っておらず、おっさんの気分次第、水商売帰りの御姉さんも深夜は多い。

カラオケは無く、基本おっさんの好きな曲が流れているが、曲的にはR&B、ソウル等のブラック系、僕がリクエストし続けたので何枚かはロックも有る、おっさんは洋楽専門ではなく邦楽も結構かける。

その日は何故かシュガーソウルの「ガーデン」が流れていた。

どうやらFM851のヘビーローテーション、MAY-Jのガーデンカバーを聞き、懐かしくてどっかからCDを引っ張り出してきたようだ。

おっさんと俺の女性の好みは結構似ていて、お互いシュガーソウルは大好き、当然MAY-JもOKである。

そうこうしている間におっさんが、僕と一緒にがんがん、ごくごくウオッカソーダを飲みだした。

僕は最初は水代わりにビールを飲み、途中ウイスキーやワイン、日本酒、ラム等を経て最後は透明の酒、焼酎、ウオッカ、ジンを飲み続ける

そう僕らの若い頃、金の無い時代からの飲み方で、最後はみんな安い酒ばっかり飲んでいた、その名残である。

何と無くだが,安い酒の方が旨いって感じるようになった時、アル中の扉は開くような気がする。

肝臓の為とアルコール依存症を避けたいがため、最近は週に1~2日しか酒を飲まないようにしている、気のせいか身体の調子はいいようだが、太ってきた。

う~ん、困った物だ。

木屋町夜話

先日久々に、もう二十年以上、付き合いの有るバーのマスターからメールがあった。

内容は「ご無沙汰、こんちゃん、実は長年の夢だった田舎暮らしをこの夏から遂に実現、5月一杯で店閉めるんで一回顔出してよ、飲もうよ」ってな感じ。

へ~と思いつつ、「ほんまかな~」疑心暗鬼にならざるを得無かった、と言うのもこのおっさんには前科が有る。

十年前にも一度沖縄移住計画を発表、店を知り合いに譲り、送別会を十数回,餞別をたっぷり貰って意気揚々と旅立ち,半年程でネオン街へ舞い戻って来た男なのである。

このおっさんは今はシングル、ただ水商売の御多分に漏れず、若い時に結婚していて、50過ぎだが、確か大きな娘も居る筈だ。

ビギンのボーカルを髭面にしたような風貌のおっさんだが、何故かよくもてる。

女の好みが同じベクトルで、酔っ払うと取り合いになるが、3、7で負けていた。

離婚してからも全く女には不自由していなかったようで、僕に紹介する恋人は、いつも小股の切れ上がったいい女ばかりだった。

この小股の切れ上がった、と言う江戸落語によく出てくる表現を、具体的にどういえばいいんだろう?
私の中には一つの映像と言うか、こういう物なんだって感覚が有るが、なかなかに人には伝えずらい

今の芸能人で言えば誰なんだろうか?

先ず、大女は駄目、この項目で藤原紀香、滝沢沙織,川原亜矢子等が脱落

太り気味も駄目だし、がりがりも駄目。

顔はどちらかと言うと切れ長の目で狐顔。

しいて言えば僕の中ではあびる優が近いか?先日、この想定に対して、我がマイミクからは一斉批判を浴びました、が、いいんです、僕の日記だから。

後は若手で大島麻衣、北川景子、佐々木希、中堅で木村多江、ベテランで由美かおるってとこか?

さて本題に話を戻し、前回は一人で行ったが、今回はどうなんだろう?

取り合えず、彼のお店に一回顔を出してみる事にした。

続く

トムとマイケル

昨日深夜BSでDOOBIE BROTHERSの1996年の全米ツアーの模様が、インタビューも含め約100分近く、本当にたっぷり観られた。

DOOBIEが流行ったのは丁度僕の中学から大学に掛けて、高校時代はコピーして学園祭でやったバンド。

そういう意味でも、僕には忘れられないバンドの一つだけに昨日の映像は嬉しかった。

イーグルスが70年代のウエスト・コースト・ロック・バンドを代表する輝けるA級スター・バンドなら、B級の代表格に当たるのは、このドゥービー・ブラザース。

バンド名の"Doobie Brothers"というのは、元々「マリファナ仲間」を指すスラング(実際そうだったらしいのですが・・・)Doobieのライブに僕は計3回行ってるが、最後に行った神戸のライブでは近くのホテルの便所、公衆便所、何処のトイレもグラスの匂いがしていた。

メンバーの入れ替えが激しくリーダーすらも途中交代している主役不在の珍しいバンドという意味でも。「B級」という言葉は、ぴったりか?


「スタンピート」のジャケット写真、カウボーイ姿で馬に乗る姿が、初期Doobieのイメージで、是が僕の中のDoobie。

僕にとってドゥービー・ブラザースと言えば、土臭いロックを演奏していた初期の頃が最高で、後期のあか抜けたジャズ・ロック・バンドは、イマイチイメージではないんです。

「トゥールーズ・ストリート Toulouse Street」(1972年)からシングル「Listen To The Music」が全米11位となる大ヒット、この曲は最近のライブでも、うちのバンドでやりました。

その後は今やロックにおけるスタンダード・ナンバーとなった名曲中の名曲「ロング・トレイン・ランニン」「チャイナ・グローブ」を収めた彼らの最高傑作のひとつ「キャプテン・アンド・ミー Captain And Me」(1973年)
是も高校の時、コピーしたな~。

この辺りでバンドのリーダー兼ヴォーカリストでもあり、ほとんどの曲の作者でもあったトム・ジョンストンが、ツアー中に突然倒れ、こうして代役として加わったのが、ジェフ・バクスターと同じスティーリー・ダンのメンバーでキーボードと歌を担当していたマイケル・マクドナルド。

ここからDoobie は大人のロックバンドに変貌、後期の傑作「Minute By Minute」が誕生。

What A Fool Believeはロック史上に残る名曲中の名曲

この辺でトム・ジョンストンとマイケル・マグドナルドがもめて、トムが去るってロックマガジンに載っていたのを覚えています。

その二人が、仲良く、一応トムがメインで、マイケルがDoobieの友人で友情出演って形だったけれど、同じステージに立ったのは感動的でした。

まあ本当は仲違いしてなかったのかも知れないけれど、僕はどっちでもよく、マイケルがキーボードを弾きながら唄う横で、トムがタンバリンを叩きハモル姿に見入ってました。

今晩は同じくBSでCSN&Yのライブ映像がまたまた100分程度観られる、もうほんま嬉しいです。

たまにでもこういう番組やってくれるのなら、受信料払っても値打ちあります。

マスクなんていらない

たかじんの委員会って情報番組で、感染症の専門家が、今回のみならずインフルエンザにマスクなんて要らない、それより兎に角30秒程度の手洗い、何かを触れば直ぐ手洗い、それで全く罹らないって発言。

飛沫感染の可能性は殆ど無く、感染者~接触し菌が数時間生きる~触る~その手指から口や鼻を触る事で感染するという事だそうだ。

僕は頑なにマスクしなかったけど、正しかったんだ!えっへん。

日頃から健康管理に気をつけて手洗いうがいを実行していれば余程の事じゃない限り防げる、今回は大騒ぎし過ぎたか?

しかし今回、兵庫県、大阪府の対応は素早く、後の始末も初めてのケースにしては鮮やかだった。

日本政府より、地方自治体の方が適切な動きだと言う事を見せ付けた。

今回、阪神淡路大震災以降の危機管理体制、メカニズムはそれなりに作動したと感じた。

少し気になるのが、本当の感染者を関西だけが見つけ報告、東京や千葉、神奈川は全て通常の季節インフルエンザと報告している、ってアングラ情報が有るが、専門家の意見では関西の数倍の感染者が関東に出て当たり前、今の状態は明らかに何かの意図、意向が動いている、と話されていた事

その意図とは直近では都議選、そして東京オリンピック選定、この二つの為に、石原都知事と自民、公明与党が結託したって話、

この話、もし本当ならどえらい事やね!?

見直しました、大スポ。

前田五郎が、中田カウスに脅迫状を送って脅かしていたって話、大スポでいち早く、犯人をY興業のMGと書いていた、その記事、ほんまやったんや!って、前田五郎犯人よりも、大スポが真実を直ぐに報道していた事にびっくり。

でも本当の所は「嘘から出た真」かも知れないな~(なんぼ大スポ信用してないねん)

それ程私の中では、大スポはええ加減な話を面白おかしく書く新聞でした(ゴシップも含めて)

しかし今回ばかりは見直しました、是からは少しはまともに受け取ろうと心に誓いました。

北朝鮮

北朝鮮、核実験を行った返す刀で、小型ミサイルの発射実験、もう最後の力を振り絞ってアメリカを威嚇しているって様相ですが、どうもアメリカは積極的には関与していかないようで、逆にロシアが少し日米に歩調を合してきました。

今この時期に日本がどれほどの強硬姿勢を示せるのかは微妙ですが、どうやら本当に最後の戦いって感じになって来ました。

こうなると、北朝鮮寄りの民主党に政権取らすとやばいな~って感じがします。

今一度、安倍さんの再登板って話が現実味を帯びてきました。

前原、永嶋、安倍氏辺りの連携も今冬出るかも知れませんね~?

「MR.BRAIN」

表題のキムタクドラマ、娘とかみさんはリアルで、僕は録画で深夜一人で観ました。

結論から言うと、合格点、是からの修正も有る事でしょうし、先ずは順調な滑り出しってとこでしょうか?

ただ絶対成功させなきゃ行けないってとこで、冒険が少ないと言うか、キャストの位置づけも配役も、今までのドラマのいいとこどりっぽいとこが気になります。

キャストや作り込みが、いいな~と思ったのは最近では「白い巨塔」でしたけど、あれは超名作の焼き直し、番組の雰囲気も違うので、一緒には論じられないけど、白い巨塔はあんまり他の作品の匂いのついた役回りは廃したって聞いてます。

少し前の流行った番組の影を感じるのは僕だけ?

成功事例の焼き直しと言う点では、前にキムタクパイロットドラマにユンソナを訳の判らない役で使って評判が良かった事、あれはいい味出したけど、今回、娘はユッキ~ナが出たら番組がおちゃらける、と文句言ってました、僕もあれはちょっとあざといと思う。いらない。

そして一番気になったのは、Q太郎さんも書いていたけど「アグネス・ラム」あれは無いな~。

キムタクだけにリアルな人を出せない、権利関係が生じる、もし売り出し中の娘なら一躍スターになっちゃう、そこらは判ります。

元ホストの馬鹿さを出したい?でも其れも違うよ、絶対30前のホストがアグネスラムの写真集を持たない。

冒頭の広末との絡み、あの靴の物語はどうなるんだろう?

そこは結構楽しみです。

とか何とか言って、きっちり次も観るとおもいます(笑)

新型インフルエンザ

パンデミックの予兆ってな話題が、昨年秋のたjかじんの番組で出ていましたが、正に今其れが現実の事に。

京都でも新型インフルエンザ感染者が出たようですが、どうも関西に偏って感染者が発見されている、是はどう考えてもおかしい話です。

その件に関して、どうやら神戸や大阪は今回の騒動に関して、いち早く自主的に独自の考えで動き、感染者を見出した、が、首都圏では感染者が発見できていない、言うならば是から二次感染者がぼんぼん出てくるのでは、と関西の医療関係者が語っていました。

どちらにしろ、現時点ではパニックになるほどの病気ではないようですが、今の数百人規模の感染で終わるのか、何千万人規模の感染に到るのか、後10日ほどの発症状況で決るのだそうです。

何とか今の規模程度で終わる事を願って止みません。

どちらにしろ、免疫力の強い人はかかりにくい、是は真実。

睡眠時間をきっちりとって、バランスの良い食事、身を清潔に処し、心安らかに日々を過す。

外から帰れば直ぐに肘の下まで石鹸で消毒、リステリンでしっかりうがい。

う~ん、言うは易し、行なうは難し。

閑話休題

ちょっと真面目な話を書きすぎ、若干煮詰まりました。

以前、くだけた話を書くと、親戚知人から戒められたので、少し小難しい話を続けましたが、今度は友人から面白くない、肩が凝るって注文を付けられました。

う~ん、どっちにしても毎日楽しみにしてくれている人が居るんで、まあ其れなりにふわふわと色々な雑文を書きなぐって行きます。

今日はこいばな

「こいばな」を一言で訳すと、「恋の話を略した物」女性達はこいばなをネタに時間の許す限りMAXのパワーを持って延々と話し続けられ、おそらくは彼女達の行動体系の中で最も好む行為の一つである、ガールズトークはほぼ同義語と言える。但し或る一定の年齢、若しくは子供を有するとぴたっと止まる、てとこでしょうか?

先日、知り合いのお店で働く二十台半ばの女性陣と閉店後、飲みに行き彼女達の「こいばな」にがっつり付き合わされた。

まあ僕らは彼女達からしたらほぼパパと同年齢、ただパパ達や会社の上司とはなんせ僕らは感覚が少し違う、よく言えば若い、POP、判ってる、悪く言えば馬鹿、壊れてる、ええ歳こいて・・・。

元々彼女達の学生時代から知っているだけに、彼女達は遠慮も殆ど無し、ふた回りも年上の私は「こんこん」とまるで狐呼ばわりされ、雇い主の友人はオーナーなのに「ボンさん」って僕らや客が呼ぶ愛称で呼ばれている(営業中は流石にオーナーって呼んでいるようだ)

彼女達は自分達の生の声に対する僕らの反応を楽しむきらいが有る。

彼女達は昼は一般企業のOL,休み前や休日だけ学生時代バイトしていた、ボンさんのお店を手伝いに来ている、と言うよりも賄いを食べに来て閉店後の酒を楽しみに集ってきている、が正しいか?

その中でも最も純情派のM美のこいばなから幕は切って落とされた。

「Kくんは、部内でも有名なおバカキャラ、いわゆる体育会系。

毎日やたら元気だし、声もでかいし、ごはんもよく食べるし、いつも冗談を飛ばしているし、もちろんカラオケのときも率先して騒いでるねん。

いわば若手では「ムードメーカー」なんで、結構モテる要素はあるんやけど、この間、ちょっとドキっとしてしまった話。

一緒にランチを食べに行ったときに打ち明けてくれたんやけど、普段は元気なKくんが、ここ最近、成績が思うように上がらないということで、実はすごく落ち込んでるねんって言うし・・。

なんか私やし思い切って話してくれた、という感じ。

その後、会社に帰ってからは、いつもと同じように元気そうに振る舞っているんやけど、実は落ち込んでいるのに……と思うと、何だかキュンとした。

弱い姿を、自分の前でさらけ出してくれる「特別な人」として見られてるのかな?」

女性陣は皆一様に「ちょっとそれ恋の始まりやん!?」「ええんとちゃう?」「まだ、デート誘われてないの?」と概ね好評、高評価。

「ねえ、ボンさん、こんこん、どう思う?」

一応「まあ、ええんとちゃうの?」と答えながら愕然とした。

其れは僕らの若い時と逆やん、女性が悩みを同期の男の子に打ち明けて心の支えになって恋に発展するんやん、僕らの若い時は仕事の悩みを会社の女の子に打ち明けるなんて切腹もんやん、そんなん上司に知れたら一生出世できひんやん、

僕らやボンさんの若い時は、仕事や友人,恋の悩みを相談するのは赤提灯のママ、スナックのママ、JAZZバーのマスター、そこで酒を喰らい、愚痴をこぼし、管を巻いて、歌を唄い、踊り明かして憂さを晴らして明くる日会社に行ったもんです。

最近はあまり酒を飲まないと言うか、一人でバーへは行かないらしい。

僕が先輩や夜の街の住人に教わったのは「一人前の大人の男って呼ばれる為には馴染みを3軒、作る必要が有る、是はマスト。一つは鮨屋、一つは小奇麗なママの居る小料理屋、最後にオーセンテイックバー、この3軒で、何も言わなくてもすっとカウンターの端に通され、すっといつもの酒が出てくる、是で晴れて一人前」

やっぱ、未来の若者の為に、早い事木屋町にロックバーを作ろう、と又固く心に誓った夜でした。

戦争と食品 2

戦時下で最も大事な物は武器ではなく、兵糧であると言う事は歴史が証明している。

ガソリンが無けりゃ、戦車も空母もステルスも動かないと同様、食物が無いと肝心の兵隊は動かないどころか死んでしまう。

そういう観点から考えると古代、近代、現代で兵糧の確保の仕方の違いから、食品の進化の形が変わった様に感じ取れる。

戦争と食品の関係は意外と奥深く、納豆などは弥生時代には原型は出来ているようだが、盛んに消費されるようになったのは平安時代、戦争への遠征が広範囲になってから一気に拡がったようだ。

元々生の米や大豆を携帯していたが,余りにも消化が悪く、腹下しが続出、そこで蒸した、もしくは煮た大豆を、土地土地の農家に用意させ、其れを兵士に木の皮や藁に巻かせて携帯させた所、蒸れて納豆になったとされている。

似たケースは西洋では堅パン。

欧米各国では普通に普及する携帯保存食だそうで何時出来たのかも判らない物だそうだ。

しかしヨーロッパ中に普及したのは、疫病の流行、兵隊の携帯食として重宝された事に間違いないそうで、それから波及して今も残るお菓子が欧米各国にはいくつも有るそうだ。

ネットで見つけた話なのだが、その一つにガルバルディという英国のお菓子があって、ガルバルディは1840年代にイタリアで始まった統一戦争に従軍した英国人傭兵が、ジュゼッペ・ガリバルディ率いるサルディニア軍で支給されたレーズン入り堅パンを英国に持ち帰り商品化したものである。製法としては2枚の堅パン種の間にレーズンを挟みこんで押し固め、焼くだけである。このガルバルディに出会った東ハトがその製法をベースに開発した商品が東ハトオールレーズンである。

へ~って感じである、実に身近な所にも戦争由来のお菓子が有る物だ、日本でも戊辰戦争で官軍が携帯したそうだ。

戦争と科学

「戦争ほど人間を傷つけ、大地を踏みにじる物は無いが、反面戦争ほど人間の科学や文化の進化に貢献した物は無い」リタイア後のキッシンジャーの言葉。

「戦争は科学を飛躍的に発達させるが、平和なスイスでは鳩時計しか生み出さなかった」は、映画「第三の男」の中の有名な台詞。

たくさんの戦争とたくさんの発明は、皮肉なことに比例している。

戦争に勝つために開発された技術が、豊かな暮らしを支えているという論は、その事例を並べてみると戦争を肯定するわけではないが、納得せざるをえない。

具体的には主だったものだけで

1、パソコン+インターネット

2、デジタルカメラ

3、電子レンジ

4、携帯電話

5、鉛筆+ボールペン

6、カーナビ

戦争は、設備投資なしに、武器等の大量の消費を生み出し、大義名分があればお金が集まり、大量の雇用機会を創造、武器で壊した街には、また資本がつぎ込まれ生産が生まれる。

食品も例外ではなく、戦争によって今も使用されている様々な食品工学、技術が創造された。

代表的な例がインスタント食品、フリーズドライ、冷凍技術、缶詰、加熱殺菌、合成保存料などなど。

戦争の為に如何に食品を日持ちさせ、軽量にするか?の為に、食品技術者は、明け暮れたと言っても過言ではない。

これからの食の進化

ちょっと大層なお題目ですが、アインシュタインも言ってました、やっぱ仮定を立て、その仮定に向かって実験、挑戦を重ねて行く、是が科学であり、進歩への近道。

今後の食の進化はどうなって行くんだろう?って私なりに考えました。

その前にぐぐっと話を蒸し返すようですが、食の進化が実は退化になっていると言うお話で、言い残した事をもう一度おさらいすると・・。

消費者のニーズを受けて、と言う錦の御旗の下に食品添加物が使用され,加熱殺菌が考案され、パッケージの進化、保存形態など、原型から大きく様変わりしました。

しかしこの前には仕方が無い、本当に仕方が無い自由に拠る技術開発が布石として有りました。

その事由とは第二次世界大戦です。

これこそ進化!?

既に数年前から職業柄、注目していましたが、工場野菜がぼちぼちブームに成り出しています。

無菌室で、一定の紫外線と温度を与えられる環境を作り、そのコントロールされた室内で無農薬、無化学肥料野菜を作る、と言う製造方法。

まだまだ種類は少なく(サラダ菜等のリーフ類)同一商品と比べれば価格は高く、安全性に絶対の裏付けは有るものの、栄養面や味覚面では、かなりの疑問の声が投げかけられています。

野菜自体の美味さや風味にかける、って声が、量販店バイヤーや一部料理関係者から出ていますが、私はそうは思いません。

リーフ類の風味や旨味は野菜のアクと表裏一体、時に農薬や化学肥料由来と思われるエグミや苦味を風味と勘違いしている料理人が時たま居ますが、其れは間違いだと思います。

リーフ類なのに、野菜独特の甘味が感じられないって訳の判らないコメントをしていた量販店バイヤーもいたのには驚きました。

まあ日光の下、一生懸命に作られている農家を否定するわけでは無いですが、レタスに甘味を求めてもって私は感じました。


都会、ビルの地下や一室で、どんな環境下でも、安定して野菜を作れるこの方法は、必ずや将来必要になると思います。

この製造方法は、一部農業関係者や、グルメと称される文化人から非難が出ているようですが、私はこの製造方法は食品の進化と考えます。

食料戦争や天候の激変、パンデミック、テロなど最悪の状況下では高く評価される事でしょう。

少し熱く語り過ぎましたが、京都ではいわゆる北山セレブと称される(あんまりセレブセレブって騒ぐのは本意じゃ無いんですが、判りやすいんで)方々に圧倒的に評価支持を受け、人気のサラダ野菜組み合わせパックは完売しているそうです。

今までの商売の流れとして、彼女達が飛びついた商品、商材は必ず二年後には大流行してきました、この野菜が売れ出したのは一昨年の春~夏。

今年の夏は何かきっかけが一つ有れば、この工場野菜が大ブレークすると予言しておきます。

退化が進化?

例えば、珈琲は戦争の為とはいえ、インスタントが出来て、飛躍的に世界中で消費量を伸ばし、冷凍食品の発明は働く主婦の助けになり、モータリゼーションで移動時間を短縮でき、携帯電話によってすれ違いは無くなり、炊飯器で誰でも簡単にご飯が炊け、テレビにより世界中の情報をリアルに受け入れられ・・・。

上記はどれも是も本当に素晴らしい事ばかりなんですが、出始めは全て一部特権階級の贅沢、しかし出回ってしまうとマイナスの部分が見え隠れしてきます。

インスタント食品、冷凍食品の蔓延は料理の楽しみ(技術)(正しい味覚)を奪い、車は公害の元に成り、携帯電話の増加と共に個人の喫茶店は減少し(待ち合わせ場所がいらなくなって)炊飯器の増加は日本の家の風情を無くし、テレビによって文字文化は消え去り・・・。

どちらが良いのか悪いのかは断定できません。

ただマーケットの流れとして、今や安価なエスプレッソマシーンに留まらず、かなり本格的な自家用焙煎機、いわゆるロースターが売れ、月謝が高いほど料理教室は流行り、IH設備や高額な調理器具は売れに売れ、欧米から相次いで高級ブランド自転車店が関西に進出、別荘の必須アイテムは今や暖炉ではなく、囲炉裏と竃。

アメリカドラマのニューヨーカーの合言葉は「早く携帯を捨てられるようになりたい」つまり携帯電話を持たない、時間に縛られない株の配当、若しくは預けたお金の運用益でのんびり」生活できる身分に早くなりたい。

このような流れを糸井重里はいち早く嗅ぎつけ「不便が贅沢」ってコピーを考えたんでしょう、さすがに鋭い!

この不便が贅沢的な考え方、嗜好、思考は当然食品、もしくは食生活にもじわじわと波及してきています。

ひょっとしたら2~3年後には、この流れが爆発するんじゃないかって僕は予想しています。

不便が贅沢

先人の知恵と技術を集積したと言える、発酵食品技術。

しかしまともな物には、其れ相応の対価を、消費者に払ってもらわなければいけない。

又発酵食品はその製造過程ゆえに非常にデリケートなので、味のぶれが激しく一定の味を保ち難い、常に一定の味を作れない、日持ちがしにくい、保存環境が難しい、等などの長所とも短所とも言える性格を持つ食品。

この性格を近代流通、または販売システムが嫌がり、日本では食の西洋化や、間違った食品情報により拍車をかけるようにまともな発酵食品を駆逐し出しました。

その時にホワイトナイトの如く颯爽と現れたのが、食品工学技術。

いい食品工学技術も多数有る事は否定する物では有りませんが、多種多様な食品添加物が全国の食品業者に、消費者の為にと言う錦の御旗の下、ばら撒かれます。

添加物の力と言う物は恐ろしく、飛躍的に醗酵食品的な物を簡易に短時間で、それ程の技術無でがんがん作れるようになり、価格破壊を可能にしました。

是は製造側から見れば食の進化であり、消費者側から見れば食の退化だったのかも知れません。

昔、糸井重里が「不便が贅沢」的な発言をしていましたが、今正に食品もその様相を呈しています。

「醗酵と言う贅沢」は或る程度の対価を払わないと得られないと段々消費者も気づき始めたのは、ここ最近の事です。

この辺りの話、次回詳しく。

食の対価

表題は誤字ではなく、食の退化は食の対価によって生まれたって言う、まあ一つの語呂合わせです。

セミナーの講演会とかネットのメール問い合わせ等で、結構多い消費者からの質問や意見にこんなのが有ります。

「近清さんのお漬物は、近くのスーパーの物の倍近くする価格で販売されています。でも高い添加物を使わないお漬物なんで、逆に原価的には安くなると思います、いい原料野菜や調味料をお使いなのでしょうが、少し無添加や老舗ブランドで高く取り過ぎでは?」

是だけを捉えると、決して間違いでは無いんです、と言うのも調味料原料原価は確かに安くなると言うのは真実です。

しかしながら漬物は調味料だけで作られる物ではなく、原料野菜の質、鮮度、それに醗酵技術や漬け込み技術、そして時間、保存環境等のファクターが揃って初めて製品化されます。

以前、学友の太郎冠者さんから質問の有った醗酵漬物の件、いい機会なのでここで説明します。

漬物と言っても色々な種類が有り、一括りには出来ないのですが、大きく分けて醗酵漬物と非醗酵漬物に分かれます。

漬物屋でさえ誤解していると言うか、解釈を間違っている場合が有るので、丁寧に説明しますと漬け物は「醗酵させる技術」よりも「醗酵させない技術」の方が難しく大事なのです。

醗酵させる技術のみなら今のような様々な、そして色とりどりの漬け物は存在せず、京漬物屋の隆盛は無かったと私は断言できます。

もう少し正しく表現すれば漬物屋に一番大事な技術は「醗酵を自由自在にコントロール出来る技術」と言った方がより正確だと思います。

この自由自在にコントロールって書きましたが、私のブログを時たま覗かれる醗酵食品関係者の方々が読めば、なんと不遜な奴って思われた事でしょう、しかしながら敢えて漬物屋はここが肝、こう書かせて頂きました。

醗酵漬け物の代表格は京都なら大原が主生産地の「茄子生しば漬」賀茂の「すぐき」全国的レベルで言えば「田舎沢庵」「ぬかづけ各種」「ひね高菜」「ひね野沢菜」等などでしょうか?

一方非醗酵漬物と言えば浅漬各種、酢漬、醤油漬、甘酢漬、奈良漬、味噌漬

酵というのは石油に依存しないエネルギー。醗酵って何?と言われて、これが醗酵ですと答えられる人はほとんどいません。

醗酵する成分は3つ。タンパク質、脂肪分、澱粉質で、この基本はどこまでいっても変化しない。

例えば牛フンや鶏フン、豚フンという動物の排泄物がある。

醗酵させると100°以上の高温になる。湯気がもうもうと立つ、これって醗酵しているの・・・?

これは醗酵ではなく、醗酵して温度が上がっていると言うのは間違いで、フンに含まれるアンモニアガスが燃えている、つまり醗酵しているのではなく、燃えているのであって燃え尽くすと温度は下がる。

一方微生物というのは40℃前後でもっとも活発に働くもので、好気性の菌ならどれも同じ。

ヨーグルトでも、納豆でも、チーズでも、天日醗酵させる梅干、室に入れるすぐきや蒸し部屋に入れるかつお節でも、全世界中、必ず40℃前後の環境でつくる。

この温度でタンパク質は分解されアミノ酸になると温度は下がってくる。

この基本はどこまでいっても変わらない。自然の法則。

こうやって世界中の醗酵食品を挙げて見ると、賢明な皆さんなら或る事に気づかれたのでは?

そうなんです、伝統的な発酵食品は基本的に温度で醗酵をコントロールする為、するが故に基礎原料、納豆なら大豆、ヨーグルトやチーズなら乳、漬け物なら野菜その物以外に他の食材や風味をつけない、塩、水程度の補助だけで製造すると言う事です。

或る意味、こういう様な本格的な醗酵過程を経て、確かな技術に裏付けられた食品は、他の素材や風味増して添加物は必要としない、と言うのが基本原則。

添加物や他の風味が必要以上に使用された物は、どこか本格的な醗酵過程をスルーしたり、確かな製造技術に欠ける、とまで言っても過言ではないように考えます。

しかしここで食の対価の問題が・・・。

食の退化

食の進化の名の下に、食の退化が進行する事も多々あります。

上の言葉は、パラドックスではなく、メーカー側の理論のすり替えを表現しています。

細かい具体例を挙げてしまうと切りが無いので、大雑把にざくっと行きますと、消費者のニーズと言う美辞麗句を受け、ただ売るが為の悪魔に魂を売る行為をしたメーカーが多数有ります。

その代表的な例がまだ記憶にも新しい北海道の肉加工業者「ミートホープ」

安ければ消費者は喜んで買う、或る意味、究極の真理ですが、その言葉の前に偽装を繰り返してきましたし、日本の基本的な衛生規範を大きく逸脱する製造工程を取り入れました。

ただ是は進化、退化と言うよりは突然変異、放射能に打たれて奇形した虫や魚と言う表現のほうが適切かと思います。

正しい進化とは時代の流れの中で、嗜好に併せて基本の形はしっかりと正しく守りつつ、少しずつ、時には劇的に変化したさまを言うべきでしょうか?

この具体的な例は、私の身近なところで言えば柚子大根、千枚漬、生八橋にあんこを挟んだ物、いちご大福、抹茶アイスクリーム、稲荷寿司、ちりめん山椒、カレーうどん等などでしょうか。

この例で、私の言う進化の意味を少しは理解していただけたでしょうか?

では退化とは?

続く




食は世に連れ、世は食に連れ

流行り歌は時代を映すと言われ、また、流行り歌が時代を作るとも言われてきました。

確かに演歌のヒット作は時代の流れにマッチした内容のものが多いですし、そして不朽の名作といわれても時代が変われば忘れられていきます。

一方、ビートルズやプレスリーが一つの時代を作り上げたことは疑いがありませんし、ビートルズは英国の経済情勢さえ変えるほどの影響力を持ちました。

「歌は世につれ、世は歌につれ」という言葉があるのも理解できるはず、歌自体が「はやり歌」と言われるゆえんなのかも。

この時代の変化とともに変わっていくということは、食にも当てはまることだと思います。

食も固定観念にとらわれてはいけないのです。

ひつこく食品の進化と書いてきましたが、是はけして目新しい物を作る、作ればいいって言う事ではなく、時代と共に寄り添うように変化して行く事を食の進化と僕は定義つけたいのです。

ですから全く新しい発想や素材の商品も進化、江戸時代の製法を再現するのも進化、従来の伝統的なものに新しい素材を組合すのも進化、日本の製法に西洋の素材を組合す、又その逆も進化。

つまり食の進化って言うのは物凄くファジーで,ええ加減で,ルールが無いって事なんですが、ここでいい進化と悪い進化、正しい進化と間違った進化、この差は出てくると思います。

又出てこなきゃあ面白く有りません。

僕の個人的な考え方ですが、何事にも太陽と月、光と闇、天使と悪魔、黒と白、正義と悪、右と左、相反する二つの事象が有ってこそ、物事は成立し、人は生きていけると思うんです。

哲学的に成りましたが、食は元々世界中どこでも宗教行事に密接に関っていたので、哲学的思考や理論は今でも結構普通に交わされます。

最近ではスローフードなんて運動は完全に哲学です。

ちょっと寄り道をしましたが、食の進化はある種、必要悪としての受け皿的な意味合いも兼ね備えます。

続く

食品の進化

商品の進化、食品の進化を、私達製作サイドと言うか、メーカーサイドは直ぐに「消費者のニーズに応えて」と言うお題目を唱え、その号令一下のもとで、どんどん開発して行く。

是は至極当然のことで、いい商品だろうが、悪い商品だろうが売れてなんぼだと言うのが真実である、ただ製造側は誰一人、悪い食品を作ろうとは思っていません(すいません、最近は例外の業者もいます、本当に消費者には申し訳無い事です)
少しでもいい商品を作って、売れてくれれば是ほど嬉しい事は有ません。

ただ売れなければ、どんないい商品だと思っていても作る意味が無いし、補助金をおかみから貰って作るような食品は無くなった方が良い、とさえ私個人は感じる。

ただ反面、売れさえすればいい食品なの?って疑問も残る。

いい食品だから売れると言う理屈は成り立つが、よく売れているから良い食品だ、と言う理屈は成り立たないケースも見受けられる。

だったらいい食品の判断方法って何なの?って質問がぼんぼん来ることでしょう!?

美味しいから、添加物が入っていないから、地産池消だから、安いから、高いから、希少だから、健康に良いから、日持ちするから、使い勝手が良いから、これらは全てよい食品の一ファクターにしかなく、全てでは無い。

やはりここは一つ定義作りをしないと食品の進化を語れない。

この答えは割りと単純で、僕は基本的に長く続いて売れている食品がいい食品だと考えている。

さあ、科学の時間です、パワー(運動エネルギー)はどういう風に量ればいいでしょう?

そう中学の時に習いましたよね? ニュートン力学における運動エネルギー、即ち質量に速さの平方を乗じ2で除したものを示している。 もっと単純に書けば、速さ×質量=パワー

是を食品に当て嵌めると、年間販売数量×販売年数×認知度=よい食品

つまり昔から知られていて(作られていて)長期間、よく売れている商品がよい食品と仮定できないか?

少し無理は有ると思うが、ただ「無添加だから」とか「希少な物だから」よりは「もうほんまに長い間、皆に愛され売れ続けてるんですよ」の方が説得力は有る様に思う。

続く

ドラッカー、変化の先頭に立つ

「変化はコントロールできない。できるのは変化の先頭に立つことだけである」(『ドラッカー 365の金言』)

経済学者ドラッカーの金言ってネット文庫が面白いので,ちょくちょく覗くが、先日読んだこの文は面白かった、と言うか考えされた。

今日のような乱気流の時代、200年に一度という大転換期においては、変化が常態だとドラッカーは言う。

変化はリスクに満ち、楽ではない。

しかし、この変化の時代を乗り越える唯一の方法が、あえて変化の先頭に立ち、変化の生み手になることだという。

恐怖は、後方の席に深々と腰を落ち着かせたとき、高まる。変化は、最前列で腰を浮かせハンドルを握るとき、初めてコントロールできる。 

いわんや今日の乱気流下の悪路にレールはない。自らハンドルを握ることなく、転覆を避けることはできない。急激な構造変化の時代を生き残るのは、チェンジ・リーダーとなる者だけである。

そして、そのチェンジ・リーダーになるための方法が、変化を脅威でなく、チャンスとしてとらえることだという。進んで変化を探し、本物の変化を見分け、それら本物の変化を利用することである。

おそらくはこれこそが、ポストモダンにおける生き方、考え方、事業の仕方の王道、常識となるべきものである。

この方法が成功を保証してくれるわけではない。しかし、この方法なくして成功することはない。

「みずから未来をつくることにはリスクがともなう。しかし、みずから未来をつくろうとしないことのほうがリスクは大きい」(『ドラッカー 365の金言』)

僕なりに理解すると、昔はこうだったから、今そこそこ上手く行ってるから、取りあえずは二番煎じで、などなどの方法論は通用しないと言うことだろう!?

変化を恐れずに、変化さす事に前向きに真剣に取り組む、その姿勢は理解できた。

後は其れをどう具体的に考え,施行して行くのか?がポイントなのだろうか?

今、きんぴらゴボウを練りこんだ辛いカリントウが東京駅のスイーツのお土産人気NO,1、ダントツで行列が出来ているらしい。

一方、東京名物の佃煮はどんどん売り場を無くしているし、一昔前の東京土産草加煎餅もそこそこは売れているがジリ貧には間違いない。

ただきんぴらゴボウカリントウが後10年、東京名物として人気を博すかはいたって疑問、私の経験則からはしぼむと感じる、ただこのメーカーはその時には擬態して、又違った名物をひねり出していると思う。

人類は、と言うよりも生物は時代や環境に合わせて進化してきた、果たして食品はどう進化し、変化していけば良いのか?

続く

けったいな人ホイホイ

昨日のケッタイな人磁石の話をミクシーにも書いたところ、学友から磁石よりも表題の方が適切では?のご指摘を賜った。

なかなか語呂もよく、言いえて妙な感じも有り、これからはこちらを使わさせて頂こう。

さて具体的にはどんなケッタイな人が周りに居るの?って話ですが、見た感じがシムケンの馬鹿殿様みたいとか,喋りが中田カウスみたいだとかの、一目ではっきり判るケッタイな人はいない。

更にはタイゾーのような本当の馬鹿も居ない、そういう即物的なケッタイではなく、もっと静かに潜航するケッタイさを持った人が多いとご理解賜りたい。

まあ前に上げた3人くらいのケッタイさが有れば僕の傍にいず今頃、吉本でばりばりやっているはずだ。

「けったい」と言う関西弁の意味は、「奇妙」とか「不思議」といった意味

「けったいな」という形で、「奇妙な」や「不思議な」といった、形容動詞にも使える。

語源は、手元の辞書で見た限りでは、「希代:きたい・きだい(世にもまれなという意味)」から来ている、占いの卦体(けたい)から由来する、ようだとのことですが、実際にはよくわからないようだ。

ただ、馬鹿の逆であまりにも賢い、天才はケッタイな!とよばれているようで、それは歴史が証明している。

アインシュタインやエジソン、織田信長がもし関西出身なら「ケッタイな人」と必ず揶揄されていたに違いない。

そういう天才が故のケッタイな人も僕の周りには多数と言うより無数に居る(かなり私の友人にフォローを居れているように受け取られるかも知れないが、是はそう受け取って頂いても強くは否定しない)

そんな事も含めてのケッタイな人々をご披露していこう・・・・。

先ずは仕事関係の人から、でもあんまり具体的に詳細に書き過ぎると判る人には判るので、少し脚色は入れる事をご承知置き頂きたい。

彼と食品の勉強会で知り合ったのが今から25年前、年寄りばかりの会の中で、同年代ゆえに短期間で直ぐに親しくなった。

その勉強会は年に3回、概ね2泊か3泊するので必然的に夜の街を徘徊する機会も多い。

彼は生粋の九州男児、幼い頃から少林寺拳法の道場に通い、よくは判らないが(少林寺は何段とかつかないらしい)かなりの腕前らしく、宴会の隠し芸がいつも演武と言う無骨な男だった。

ただ九州の中州ではそこそこ経験を積んではいた様で、「飲みに行く?」「風俗行く?」と言う先輩の誘いには二つ返事でお供する。

酒は浴びるように呑むって感じではなく淡々と何ぼでも飲むって感じ、豪快ではないが飲酒量は多かった、酔うと顔を真っ赤にして何を頼んでも「よかよか」と絶対Noを言わない男、或る意味、本当に愛すべき男である。

或る時、北海道のみならず、日本全国、誰もが知っている有名な帯広のお菓子屋さんで、件の勉強会が開かれ、当然彼も参加していた。

層雲峡から帯広へと周り、最後は札幌で仕上げってコースで、言うまでも無く二十台半ばの私達の楽しみは苦しい研修後のすすきの。

そのお菓子屋さんの副社長に分不相応な高級クラブへ連れて行ってもらい、ブランデーをしこたま浴びるように飲み、かなり酔いがまわった所で、私と彼、もう一人秋田県から来ている男三人が副社長に大人の夜の相談。

高級クラブのママから電話してもらい、今で言うソープランド、当時はトルコ風呂の黒服に迎えに来てもらった。

当時すすきののトルコは日本7大トルコの中でも最も質が高く、その上安いとされていた。

確かに北海道や東北のみならず、北関東からも女の子が押し寄せる大歓楽街すすきのは、兎に角女の子が若くて綺麗、しかも肌が白く、柔らかい標準語を、耳元で囁きながらしなだれかかってくる、地域的に男に従順で、関西人には堪らない街である。

3人とも酔って気が大きくなっているので、すすきのでも最高級のお店を所望、向こうも道内でも最大手の会社の副社長のお連れさん、そしてすすきのでも最上級のクラブのママの紹介って事で、ほんの歩いて数分のところを真っ白のベンツ560SLで迎えに来てくれた。

行ったお店はキンキンキラキラの照明も無く,所謂デザイナーズマンション風のシックなお店で、安っぽい看板が一切出ていない、政治家や有名人御用達と後で聞いたが、接待専用のお店なんだろう。

まあお金の事は心配無い、足りなかったらそのクラブに付けとけ、足りない分は払ってあげると副社長のお墨付きを得ている。

当時は風営法が施行された直後で、すすきのも取締りがきつく12時の閉店時間は厳格に守られているようで、僕ら3人は閉店間際滑り込みセーフで潜り込み、出来るだけ事をスムーズにと、僕と秋田県人はささっと事を済ませ、待合室で上気した顔を見合わせ、あまりの女性の質の高さににやけて珈琲を飲んでいたのだが、その九州男児が待てど暮らせど上がってこない。

痺れを切らして、黒服さんに尋ねると基本、部屋に入ればそこは女の人とお客様の城、外からどうこう言わないのがルールなんだそうだ、どうやら彼は興が乗って時間を延長しているらしい。

そこで僕と秋田県人はとりあえず彼を残し、折角だからと店の人にラーメン店へ連れて行ってもらった。

と言うのも当時は携帯が無く、彼をすすきのの畔に一人置いて行くわけにも行かず、かと言ってもう人気の無い待合室にずっとも居れず、途方にくれていたらさすが、高級店、店の人が連絡の付くお店をあてがってくれたのだ。

そんなこんなでラーメン屋で飲みなおしていたら、そのお店に程なく白いベンツに乗った彼が来たのだが、何と横に年の頃は25~6のお姉さんを連れている。

なかなかの湯上り美人(本当にそうなのだが)色白で少しぽっちゃり、小柄だがスタイルは肉感的、今の芸能人に喩えれば磯山さやかってところか?

は~って感じだが、僕は即座に状況を理解した、そう彼はクラブのお姉さんではなく、トルコのお姉さんをアフターに連れてきたのだ。

もう向こうは彼が最終の客、延長で引っ張るだけ引っ張って売り上げを上げ、ご飯までついて来たんだろうか?

どうやら彼のタイプはタイプだったんだろうが、飲むと嫌って言えない彼。

何もかも彼女に頼まれるがままに行動をしているようだ。

え~い、こうなったら旅の恥は書き捨て、旅は道連れ、死なば諸共、義を見てせざるは勇無き也、どれが当て嵌まるのかよう判らないが、とことん付き合うことにした。

どうせなら彼女の知り合い、友人も呼べって事に成ったが、時既に遅し、お店の子は三々五々もう帰ってしまいいないようだ、

そこで一時間ほど飲んで、時間は深夜3時前、さあ是からどうするって話、僕と秋田県人はホテル帰るでって告げたんだが、彼とその女はくっ付いて離れない。

どうやらその女性も彼をいたく気に行ったようだ、是は後々知る事になるんですが、水商売の女性で最もワンナイトラブに持ち込みやすいのはすすきの、って話、中条きよしや梅沢富美夫、やしきたかじんも言ってたんで、これは相当信憑性の高い話。

うわあ~、是はえらい事ですよ、洒落にならないですよって僕らは慌て始めたが彼は泰然自若、どっしり落ち着いている、もう何を言っても「よかよか」

ホテルに二人で返すと、会の性格上、様々な人も居るので、物議を醸し、挙句の果ては連れて行ってくれた菓子屋副社長の面子も潰す、今後の私達の夜の課外活動にも影響を及ぼしかねない,是は困った、酔いと睡魔のダブルパンチに耐えながら何とかいい方法は?と考えた挙句、取り合えず二人を宿泊先の直ぐ傍のラブホテルへぶち込んだ。

そして明くる日、必ず僕の部屋に電話するようにとフロントに伝言を頼みおき、僕らは宿泊先に帰ってシャワーを浴び床に就いた。

最悪、部屋番号を知っているので起こしに行けばいい。

明くる朝,意外にも集合時間前に彼から電話が入り、今から直ぐにホテルに帰るという。

詳しい話は後で聞こうとその場は研修会をこなし、昼休みに彼を外へ連れ出した。

僕「どないなったん?」

彼「いや~、なんかいい子だけど苦労してるみたい」

僕「でも風俗商売の子やで~」

彼「それでもよかよ、頼まれて断ったら男がすたる」

僕「何を頼まれたん?」

彼「中洲に仕事移って、僕と付き合いするっていうちょる」

そんなこんなで、彼はその後、北海道へ二度足を運び、半年後にはアパートを用意して彼女を中州のクラブへ潜り込ませ、晴れてお付き合いを始めたが、2ヶ月後には急に興ざめて別れたらしい。

理由を聞くと、北海道で見るとタイプだったが、中州で見たらそうでもなかったそうだ。

まあ金銭的には、当時の金でクラウンの一台や二台は買える程度は使ったようで、何年か後では笑い話だが、当時は相当落ち込んでいた。

しかし旅行先のトルコのお姉ちゃんを、自分の地元まで引っ張ってきた彼の勢いはやっぱり凄い、そして直ぐに飽きるところが又面白い、やっぱケッタイな男であると思う。

そんな愛すべきケッタイな彼が僕は大好きだ!!

けったいな人磁石

私は友人に言わせると「けったいな人磁石」なんだそうで、自分では知らず知らずのうちに、けったいな人が周りに集まってくるらしい。

まあ確かに小学生時代の友人はけったいな奴達だったし(時々書き記しているが、いつか必ず小説にして出すつもりです)同志社の学友もまともな奴は少ない。

更に長じて社会人の友人も面妖な輩が多く、バイト時代の水商売仲間は変人奇人のオンパレード。

よく考えてみればほんま、まともな知り合いが少ない、と言うかけったいな人しか友人に成れないのかも知れない。

その磁石の効力は友人だけではなく、飲みに行ったり、食べに行ったり、はたまた電車に乗ったり、本屋に入ったり、兎に角有りとあらゆる所で発揮される。

人物観察が好きだと言うのも一因では有りましょうが、どうも変な星のしたのもとに生まれたらしい。

是は親を恨むべきか、感謝すべきか、判断に迷うところだが、ここは母の日を前にして一先ず感謝しておきます。

お母さん、有難う!僕を産んでくれて・・。

今日は橋本治風に書いてみました。

醗酵漬物の王様

製法の違いで旬が変わると言うのが、前回書いた主旨ですが、どちらにしても乳酸醗酵による本格的な醗酵漬物と言う事には間違い有りません。

世界中に醗酵食品はごまんと有りますが、日本の醗酵商品が最もバラエテイーに富み、更に優れていると言うのはもう衆知の事実。

醤油が世界中のレストランに置いて有って、ソイソースと言わなくても「ショウユ」もしくは「キッコマン」で通用、もっと言えばウスターソースは醤油が原型。

日本酒や味噌の製法も広く世界中の食品業者の範となっています。

そんななか醗酵漬物だけは外国に受け入れられないどころか、日本人にさえ疎まれ始めています。

酸っぱくて固い、そしてぬか臭い沢庵は殆どの市場から消えて無くなりつつあり、すぐきさえ一部地方以外では「腐った大根」と評されたり揶揄される事もしばしば。

まあ愚痴を言っても仕方が無いのですが、私達漬物業者ももっと頑張ってこの素晴らしい「すぐき」と言う醗酵漬物の王様を広め、伝え続けて行かなければと思います。

放映が今月後半予定のTBS「リンカーン」って番組内で、うちのすぐきとしば漬が紹介されますが、私から強く製作側に「すぐき」の素晴らしさを説き、製作側も出来る限りプッシュするとの事でした。

まあほんの十数秒の話でしょうが、近清の、と言うよりも京都の、更には日本の誇る醗酵漬物の宣伝に少しでもお役に立てればと願っております。

すぐきの旬

昨日、すぐきは本来5月の葵祭りが旬!って書きましたが、一方では冬の京都の名産、風物詩でも有るとも書きました。

決して私が狂った訳でも、書き間違った何でもなく、どちらもすぐきの旬なんです。

そのカラクリと言うか、訳をじっくりお話していきましょう!

すぐきは上賀茂神社の社家が約400年前に作り、御所に献上したのがルーツと先回書きましたが、この頃は葵祭り、すなわち5月が旬で、冬は旬では無かったと推測されます。

すぐきは醗酵食品を代表する一品、醗酵漬物の王様とも呼ぶべき食品。

簡単に今現在の作り方を説明しますと、まず外皮をむいて、塩漬けします。何日もかけてしっかりと塩漬けできたすぐきを出して、樽に並べて、今度は”ムロ”という温室に入れて発酵させます。

すぐきの味はこの発酵の段階で大きく変わります。ムロによって発酵菌の質が違い、それによって味が違うからです。 本当においしいすぐきはほんのりとした酸味とかすかな甘みがあります。

是が今一番ポピュラーな漬け方ですが、一方「熟れのすぐき」とも言われる400年前から続く製法、ムロと呼ばれる温室に入れずにじっくり半年以上掛けて熟成させる製法が有り、是が5月ごろ食べ頃になります。

つまり、旬が二つ有るのは醗酵方法と言うか製法の違いからこうなりました。

続く

葵祭とすぐき

2009年のGW大型連休もほぼ終了し、通常の業務に着かれる方も多いと思いますが、皆さん如何お過ごしだったでしょうか?ってNHK朝ニュース調で始めましたが、ほんま、読者の皆様、さぞやお疲れ?の事と存じます。

GWの連休中は有り難い事に京都にかなりの数の観光客の方が来られていましたが、この15日は葵祭。

今年は金曜日ですが、葵祭の華、主役の斎王代が今年は千家のお嬢様、各地から関係者、縁者、弟子筋の方が、一目お嬢の晴れ姿をと大挙入洛される事でしょう!?

さて表題の葵祭とすぐき、この並びは何?って感じでしょうが、居や是はお解りにならなくてもいた仕方がない、京の者でも左程衆知していないかも・・。

葵祭の終着点として知られる上賀茂神社は、伊勢神宮に次いで高い位を与えられた京都最古の神社です。その格式を物語るように、気品に満ちた檜皮葺きの社殿や神が降り立つという、不思議な立砂が、凛と澄みきった高貴な美しさをたたえています。

"楢(なら)の小川"と呼ばれる神聖な浄めの川は、神社を出て明神川と名を変え、その川沿いに上賀茂神社の神官たちの屋敷である社家(しゃけ)が清楚な佇まいを見せています。

賀茂菜とも呼ばれるすぐき菜は、もともと社家の一人が京都御所から種子を貰い受け自分の庭で栽培したものが辺りに広まったとも言われ、その起源はナント400年前に遡ります。

そして当時はぐき菜を漬けた「すぐき漬」が上賀茂神社と御所だけに献上され、高貴な方だけが口にしていたとされ、今のように下々の者の食卓に上ったのはおそらく江戸時代後半?と伝わります。

その伝統の風習は今も受け継がれ、すぐきは葵祭の際に上賀茂神社に奉納されます。

ですからすぐき漬の旬は本当は葵祭、今なんです。

えっ!?今がすぐきの旬?てお思いの方、貴方はかなりの通、お漬物好きですね。

そう、現在殆どのすぐきは年末に旬を迎えるように作られています。

葵祭が本来旬なのに、年末の風物詩でも有るすぐき、このパラドックス、次回ご説明申し上げます。

言葉のデザイン

先日何気に、本当に何の目的も無く、書店に立ち寄った。

ふらふらと書店の中を彷徨っていると、ふと一冊のデザインの本に目が留まった。

特にどうって事の無いビルのデザイン本なのだが、何故か心惹かれた。

私は特にデザインの才能が有る訳でもないし、論じるだけの理論も無いが、子供の時からセンスの良い文房具は好きだった、割高で格好いい筆箱とかは買っていた覚えがある、但しセンスは悪いが、キャッチコピーに魅かれて、像が踏んでも壊れない筆箱は持っていた(笑)

ささっと本を読み飛ばしていると、デザイン本なのに、少し作者のインタビューが掲載されていた。

その文とは

「もの」ではなく、「こと」をデザインしている。それは「記憶に形骸的な痕跡をつくるのではなく、記憶の結び目をつくること」だと言う。

われわれは赤ん坊の頃のおしゃぶりに始まって、あらゆる刺激を内部に蓄積してきた。だから実際に触らなくとも、嗅がなくとも、もう手触りやにおいを知っている。では、記憶を覚醒させるものは何か。「それが言葉である」。

 デザイナーという定義が近年、その各勢力で胡散臭さを纏ったとすれば、原研哉の仕事は、最小限の表現で美意識の存在を認めさせるという点で、むしろ詩人に近い。

近著『白』では、「白があるのではない。白いと感じる感受性がある」と哲学した。「深い森のなかに咲き乱れる真っ白な花。でも背後に白いコピー用紙を置けば、それほどでもないことに気づく。

 花弁は水分をたたえた重たい白だ。だが、心に届く白は鮮烈に白い」。つまり「白さを探すのではなく、白いと感じる感じ方を探る」のである。

 そもそもわれわれはなぜ、白に特別な感情を抱くのか。「白は混沌のなかから発生する生命あるいは情報の原像である」。確かに卵も乳も、そして骨も白。白は生命の周辺にある。日本文化も同じだ。

 「かつて谷崎潤一郎はその著書『陰翳礼讃』のなかで、日本の美意識を見立てる透視図の消失点を陰翳に見た。対照である明度の極点にもう一つの消失点があると思う」。

 原の言葉に導かれ記憶に白をたどると、陰翳もまた深さを増した。

お~格好いいフレーズが山ほど有る。

「もの」ではなく、「こと」をデザインしている。

「白があるのではない。白いと感じる感受性がある」

この人はコピーのセンスがいい!!

必ず使える、間違いなく丸の内で働く女性編集者は是で落とせる!

是から何時、どの機会にこのフレーズを使ってやろうかと虎視眈々狙っているが、このブログを読んだ人には通用しない・・・、書かなきゃ良かった・・・。

子供の日

今日は子供の日、と言っても私は仕事、息子は友人と昼から山科の「ラクト」と言うジムへトレーニングへ、割引券があるそうだ(何せ柔道部なんで)娘は昨日、ぴかぴかのナイキのバスケットボールを買い、バスケット部の友人と宝ヶ池で個人練習をするらしい、かみさんはここぞと大掃除をするそうだ。

息子は中学までハンドボール部のエースだったようだが、身体が大きく小学生時代、新空手(キックボクシングのような物)を受験で断念、昇級試験前に辞めているだけに、是が格闘技経験最後のチャンスと高校入学と同時に柔道部に入部。

せっせと貯めた小遣いを殆どはきだして、プロテインを買い込み、風呂上りに飲んではトレーニングしている。

私とかみさんは同年代では背は大きい方で、その遺伝からか息子は高1で180cm76kg、むきむきのプロレスラーのような身体に育った。

娘も中一だが158cmある、ただ少し横幅も有り早くもこの春からダイエットを始めている。

私自身は休みなど関係なく、下町商店街のよさで毎日町内の子供とつるんでいたし、中学からは休みになると近畿圏に拡がる友人宅を泊まり歩いてたんで、長じてからはあまり家族と遊んだ記憶が無い。

ただ小学校低学年までは本当に父親に良く遊んでもらった、ドライブに釣りに川遊び、山登り、ボーリング、玉突き、映画、美術館、動物園、ハイカラな洋食屋、今の私の行動や趣味にもかなり大きく影響を及ぼしている事に間違いない。

子供の日では有るが、私にとっては父へ感謝の日である。

「おやじ、ありがとう!」

面と向かってはこっぱずかしくってとても言えないので、ブログに密かに書き記しておきます。

岐阜長良川スタジアム顛末記

いや~、忌野清志郎 さん死亡のニュースのダメージで一日,ご報告遅れておりました。

FC岐阜の公式スポンサー「PYGLI」の食プロデユースを承り、アイテム提案から開発、販売までを一手に引き受けましたが、ほんといい勉強になりました。

早朝から朝ごはんも食べずに、FC岐阜サポーターのラーメン屋さん店舗をお借りしての弁当詰め。

作業をするのは普段は全く違う職種の5人の女性と私の計6人、見目麗しい(おべんちゃらも入れておくか)女性陣の頑張りもあって、実に段取り良くお惣菜とお漬物が4マスのお弁当箱にセット完了。

そのお弁当箱と岐阜で最も衛生的な工場で作られたおにぎりとをセットで販売しました

その他に販売した物は食品では食育の理念に基づいて「京漬物」「京のおそうざい」「カステらすく」

京漬物、お惣菜は元々販売している物を流用しましたが、カステらすくはカステラを二度焼成したカステラのラスク、それに六種類の味付け加工を施した、本邦初公開、京都以外ではまだどこにも販売していない希少な商品。

そのカステらすくのみならず、試食では大好評を博しましたが、売れ行きはこちらの予想よりは若干少なめの売れ行き。

サッカーの試合会場ではちょっときつかったか!?

まあ兎にも角にも第一回目のトライは無事終了!

様々なデーターが収集でき、個人的には満足、次は6月に予定している中京区西洞院のお店をどうするか?

いや~ほんま寝ている暇もないって感じです(笑)

ブログでも新店の進展状況、逐一書いていきますので、又皆様お気づきの点やご要望、お教え頂ければ幸いです。
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