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言葉のデザイン

先日何気に、本当に何の目的も無く、書店に立ち寄った。

ふらふらと書店の中を彷徨っていると、ふと一冊のデザインの本に目が留まった。

特にどうって事の無いビルのデザイン本なのだが、何故か心惹かれた。

私は特にデザインの才能が有る訳でもないし、論じるだけの理論も無いが、子供の時からセンスの良い文房具は好きだった、割高で格好いい筆箱とかは買っていた覚えがある、但しセンスは悪いが、キャッチコピーに魅かれて、像が踏んでも壊れない筆箱は持っていた(笑)

ささっと本を読み飛ばしていると、デザイン本なのに、少し作者のインタビューが掲載されていた。

その文とは

「もの」ではなく、「こと」をデザインしている。それは「記憶に形骸的な痕跡をつくるのではなく、記憶の結び目をつくること」だと言う。

われわれは赤ん坊の頃のおしゃぶりに始まって、あらゆる刺激を内部に蓄積してきた。だから実際に触らなくとも、嗅がなくとも、もう手触りやにおいを知っている。では、記憶を覚醒させるものは何か。「それが言葉である」。

 デザイナーという定義が近年、その各勢力で胡散臭さを纏ったとすれば、原研哉の仕事は、最小限の表現で美意識の存在を認めさせるという点で、むしろ詩人に近い。

近著『白』では、「白があるのではない。白いと感じる感受性がある」と哲学した。「深い森のなかに咲き乱れる真っ白な花。でも背後に白いコピー用紙を置けば、それほどでもないことに気づく。

 花弁は水分をたたえた重たい白だ。だが、心に届く白は鮮烈に白い」。つまり「白さを探すのではなく、白いと感じる感じ方を探る」のである。

 そもそもわれわれはなぜ、白に特別な感情を抱くのか。「白は混沌のなかから発生する生命あるいは情報の原像である」。確かに卵も乳も、そして骨も白。白は生命の周辺にある。日本文化も同じだ。

 「かつて谷崎潤一郎はその著書『陰翳礼讃』のなかで、日本の美意識を見立てる透視図の消失点を陰翳に見た。対照である明度の極点にもう一つの消失点があると思う」。

 原の言葉に導かれ記憶に白をたどると、陰翳もまた深さを増した。

お~格好いいフレーズが山ほど有る。

「もの」ではなく、「こと」をデザインしている。

「白があるのではない。白いと感じる感受性がある」

この人はコピーのセンスがいい!!

必ず使える、間違いなく丸の内で働く女性編集者は是で落とせる!

是から何時、どの機会にこのフレーズを使ってやろうかと虎視眈々狙っているが、このブログを読んだ人には通用しない・・・、書かなきゃ良かった・・・。
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