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バブル時の祗園

18で祗園のクラブで働き出し、客として通うようになって32年、今にして思えば一番男としていい時期、そして遊んだ時期にバブルと遭遇している。

バブルの始まりは1985年のプラザ合意以降ってえのが定説、概ね1987~1991年位までがピークだっただろうが、余韻は1994~5年くらいまで続いたように感じる。

私が惣菜工場を作ったのが、1988年、豆腐工場は1991年、正にバブル全盛期で、銀行からは担保無しで、がんがん金を引っ張れたし、量販店も高付加価値商品の新製品、新企画、にどんどん乗ってくれた。

こつこつとやってきた零細企業も一気に花開いた時期で、不動産や株以外に日本全体に高揚感が有り、皆がよく儲け、よく消費、しかもどこからでも金が湧いてくるので、蓄える必要も無く、本当に経済としては好循環。

ただ景気はよいと言ってもわたしらは一介の食品業者、通常の商売の利益額は所詮知れているので、祗園に行けば慎ましやかに遊んでいた、ただお茶屋さんや高級クラブは誰かの紹介、裏打ち(保障)には不自由せず、分不相応なお店にも厚かましくも出入りしていた時期でもある。

この頃は独身で、二十代、中小企業のジュニア、祗園で最も、もてる時期にバブルと遭遇したのは幸せでも有り、不幸でも有った。

続く
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