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漬物屋の昔話

漬物の昔の資料を調べる為にパソコンを回遊していたら、懐かしい日記を見つけました。

中々京都の古い漬物屋と言うより、京都の商家の仕組みがうかがえるんで、少し手直ししてこのブログに書いていきたいと思います。

ひいおばあちゃんが昭和34年の春に亡くなって夏に私が生まれ、祖父が昭和38年春に亡くなり秋に弟が生まれました。

ですから祖父の事は、はっきりとでなくうっすらと覚えています。

祖父(総本家近清7代目)は相当頑固者で気難しく、いわゆる明治の親爺ってかんじだったそうですが、私には非常に優しかった覚えが有ります。

京都中央市場はお店から自転車で12~3分で行けるんですが、いつも祖父は仕入れの際、私を自転車の荷台に乗せて通ってました。

市場の七条通側に「志津屋」という一階はパン屋、二階は喫茶店のお店が有って(今でも有る京都では有名なチエーン店のパン屋さん)殆ど毎日そのお店に寄っては、当時ご馳走だった「チョコレートパフェ」「ホットケーキ」「ビーフカツサンドイッチ」を片っ端から注文し、私に一口づつ食べさせていたそうで、市場仲間には「跡取なんで美味しいもんを食べて舌を肥えささんとあかん!」と言ってたそうです。

祖父は漬物の納品の傍ら、料理屋さんから野菜の仕入や下処理も頼まれていました。

京都は西陣で代表される様に分業制が盛んな街で、料理屋さんからしたら見習の小僧より漬物屋の親爺の方がよっぽど野菜の目利きと処理に精通している、それなら手間賃を払ってでも、下処理してもらった方がいいという考えと、祖父のよその漬物屋を出入りさせないという思惑が合致した実に合理的な仕組みだったと言えます。

付け加えると、製造販売ってお店も京都にはごまんと有りますが、西陣の織物のように各分野にプロの職人が居て、パート毎に責任を持って順々に流れていくシステムが有ります。

その分業制は当然、食品業者の中にも存在し、詳しくは申せませんが、各分野の専門家が順番に物を作り上げ、商品を仕上げ、更にはそれを販売するかくかくの小売のお店に合うようにプロデユースする専門家も居ます。

この仕組みは地方へ行くとかなり偏見を持たれる方もおられる様で、例えば「下請け」今で言うOEMですが、少し馬鹿にしたり卑下したりして言われる場合、場面も有りますが、京都の場合、納める先によってはステータスになる場合も多々有ります。

この仕組みは京都ならではだと強く感じます。

何故そのような形になったのか、私個人としてはこうじゃないか?って答えを持っています。

逸れは又おいおいご披露していきたいと思います。
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No title

昔話、面白いですね。樂しみにしてゐます。

でも、この動き囘る野菜キャラは、やつぱり私とは相性が惡いです。
とても目がチラチラして、だんだん讀むのが辛くなつてきます。
私だけでせうか?

No title

了解!

消しました。

是からも宜しくね!

No title

私のわがまゝをきいてくださつて、ありがたうございます。

No title

いえいえ、どう致しまして、ヘビーユーザー優先です。
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