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祗園今昔 坊や物語

最近不景気も有って祇園周辺から客が一斉に引き、平日は本当に寂しくなってきました。

バブルの頃は、週末にもなるとタクシーの取り合いで喧嘩騒ぎでしたが、今は誰も歩いていない花見小路に山盛りのタクシー、まるでタクシーの操車場を見ているようです。

ここまで客が少ないと、行きにくくなる客の心情、祇園は完全に負のスパイラル入り。

華やかりしバブルの頃は祇園の高級クラブが絶頂で、連れて飲食関係も爆発的な売り上げを作っていましたが、現在は約半数のお店が無くなり、残ったお店も場所を変えたり新しいシステムに変更しています。

祇園名門クラブも生き残ったお店は、ほんの数軒になりました。

僕はひょんな事から学生時代、30年以上前に4年間、祗園でも有数の、いわゆる超高級クラブと言われるお店でアルバイトをしていました。

(残念ながらもうそのお店は無くなりました)

他のブログにも書いたんですが、是が現在の僕の性格形成に大きく関わっています。

面白い話が、一杯有りますので、蛇行迷走、容赦の程を先に御願いしながら書いていきます。

その店のオーナーと親しい人の息子が僕の学校の先輩で、開店前の準備をする若い子が欲しい (当時は坊やと呼んだ)

さぼらずに必ず来る子で店の鍵を預けるので、身元のしっかりした子を捜しているんや!の話が回り廻って私のところへやってきました。

直ぐに先輩にそのお店に連れて行かれ、先ずは客として席に着かせてもらい、ママとチーママの面接を兼ねた接客が始まりました。

予め僕の生家の話はされていたようで(祇園のお茶屋、料理屋には出入りしていた)身元の点ではOK、後は最低限の行儀作法と挨拶できるかどうかの確認だったようで、30分ほど話させてもらって合格でした。


何を話したのか、はっきりは覚えていませんが、概ねお客様から高額のお金を頂くお仕事だから、行儀だけはしっかりと、って趣旨だったと記憶しています。

当初は土耀と祝祭日の前日、実働6~7時間、時間給じゃなく日給で一日4千円(交通費別)の約束で入りました。

当時うちの漬物店のバイトだと高校生で時給250~280円くらいだったんで、2倍~2,5倍のギャラって感じでした。

まあ水商売、色々と余禄は有るんですが、その話はまた後の章で。

主な仕事は夕方の4時半頃からお客様に出すチャームの買出し、5時半頃にお店の鍵を開けてトイレとお店の掃除、お酒と果物と氷等の配達を待ちます。

氷は塊のまま持ってこられるので、先輩のするのを見よう見まねで覚えてアイスピックで割っていきます。(この頃軍手は必需品でした)

その内にチーフが来られその指示で、その日予約の有るお客様の好みのタバコやつまみを用意する為、近所のお店に走ります。

今と違ってホステスさんのシステムも複雑で、お店に時給や日給で雇用されているアルバイトホステスさんと、個人経営者的な完全売り上げ歩合のプロホステスさん、その中間の店雇用ながら数人は自分の客を持つ変則歩合制のセミプロホステス、この3パターンでした。

7時半頃になるとアルバイトホステスさんがぽつりぽつりと出勤、大体お昼に普通のOLしている人が約7割、今のように女子大生は僕のいたクラブには居ませんでした。

僕の次の仕事はママから頼まれている数人のホステスさんの晩御飯つくりです。

最初は揚げ物を買ってきて、ご飯を炊いてキャベツを切ってって作業から、サンドイッチ、焼きそば、焼き飯、パスタへと技術は進み、その内に味噌汁を作りキンピラを作りと進化していきました。

時には生家の漬物を持っていって、お茶漬けを作るとそれはそれで大層喜ばれました。

今にして思えば、ここで料理の基礎技術を独学で学びました。
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