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新撰組ってほんまに強かったの? 1

昨日の続きになりますが、新撰組の本拠地が本願寺に有ったって事から、私の生家の地域は親新撰組の傾向が強かったように思います。

元々歴史は勝者が書き残す物、勝った者が自分達に都合よく歴史を作って行くのは古代からの慣わし、更には話として面白い物、ドラマ性の有る者が良い人と書き記されて行きます。

前者の典型なのは豊臣秀吉、後者は忠臣蔵でしょうか!?

豊臣秀吉は誰もが知る百姓、農民の出から天下を取る日本一の立身出世ストーリーを演じますが、その秀吉は天下平定後、かなり自分に都合よく歴史を書き残している事は史実ですし、最後は自分の出自を足利氏とまで書かせています。

話はちょっと脱線、現在の読み物、ドラマでは秀吉は権謀術数に長け、あんまり強くは無く、奇策のオンパレードでのし上ったようによく描かれていますが、がちんこの戦いも得意中の得意で真正面の白兵戦でも光秀と双璧だったとされ、事実信長はその時々の一番強い相手には秀吉をあてています。

忠臣蔵も赤穂浪士が絶対的に善人に描かれていますが、浅野氏がきかん気の強い短気者で、吉良上野介がそんなに悪人ではなかったのも史実として残っています。

幕末、長らく続いた江戸幕府が終焉、新たに西日本の有力大名を中心とした政府が日本に生まれ、今に至りますが、京の地はその物語のど真ん中に位置し、様々なドラマの舞台になっています。

今でも幕末の史跡、とりわけ新撰組と尊攘派志士の遺跡は多く残りますが、勝者に偏っていないところが京都らしいと感じさせます。

続く
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